はじめに ― 「どのくらいの音量で録ればいい?」

宅録を始めた人が、必ずぶつかる疑問です。

オーディオインターフェースの入力ゲインを、どこに設定するか。楽器のボリュームはどうするか。そして、どのくらいの強さで弾くか。録音ボタンを押す前、ゲインノブの前で手が止まってしまう…あの感じ、覚えがありませんか。

「レベルオーバーしなければOK」「ピークに余裕を持たせて」― こういったアドバイス、よく聞きますよね。間違ってはいません。でも、それだけでは見えてこない、とても大切な側面があります。

レベル管理は、音色設計そのものだということ。

入力ゲイン、楽器のボリューム、弾き方の強弱。この3つの変数の組み合わせによって、同じ楽器からまったく異なるサウンドが生まれます。「適正レベルで録る」という作業の裏側には、実は、音色に関する豊かな選択肢が隠れています。

今回はエレキベースの宅録を例に、この3変数の関係を、一緒にじっくり見ていきます。


宅録の基本構成を確認する

まず、宅録でエレキベースを録音する際の一般的な信号経路を確認しておきます。

エレキベース → オーディオインターフェース内蔵のDI/プリアンプ → ADコンバーター → DAW

スタジオ録音では、外部のDIボックスや専用のベースプリアンプ、さらにコンプレッサーやリミッターを通してからADコンバーターに入ることが多いですが、宅録ではオーディオインターフェースに内蔵されたDIとプリアンプを使うケースがほとんどです。

この構成を前提に、3つの変数を順番に見ていきますね。


変数1:オーディオインターフェースの入力ゲイン

入力ゲインは、内蔵プリアンプの増幅量を決めるノブです。

入力ゲインを上げるメリット

ゲインを大きくして録ると、内蔵プリアンプの品質の範囲内で、張りのある音で収録できます。 さらに、ADコンバーターのビット深度(ビット数)をより多く活用できるため、解像度高く録れて、信号対ノイズ比(S/N比)の面でも有利です。

簡単に言えば、ゲインが適切に高い状態では、信号がしっかりした音量で記録され、ノイズフロアとの差が大きくなります。

入力ゲインを上げるリスク

宅録では、コンプレッサーやリミッターを「かけ録り」しないケースが多いです。つまり、ピーク(瞬間的に大きな音が出る瞬間)に対するセーフティネットがありません。

ゲインが高い状態で強く弾くと、レベルオーバーが起きます。そして、ここが大切なところで ― レベルオーバーしたときの歪みの質は、機材によってまったく違います。

歪みの「質」という視点

プロフェッショナルな音楽制作で使われるハイエンドや名機と呼ばれるプリアンプ、マスタリング品質のADコンバーターでは、歪むギリギリや、本当に歪んでしまっても、音楽的に許容できるような音色で歪む場合があります。アナログ機器特有の倍音付加や柔らかいサチュレーション ― これ自体が音楽的に「良い音」として使われることも珍しくありません。

一方、オーディオインターフェースに内蔵されたプリアンプやADコンバーターの場合、歪んだときの音色は、音楽的に有用な歪みではなく、単に汚い「バリッ」とした歪みになることが多いです。

ただし、ここにも例外がある

オーディオインターフェース内蔵のものであっても、ジャンルや弾き方によっては、その「バリッ」とした歪みが音楽的に有用なサウンドになることはあります。ロック、パンク、ローファイなヒップホップなど、荒々しいテクスチャが求められる場面では、この歪みがむしろ「味」になる。

つまり、その歪みを活用するか、しないかは、いろいろと試してみて判断するのが正解です。一律に「歪み=悪」と決めつける必要は、どこにもありません。


変数2:楽器本体のボリュームノブ(ボリュームポット)

エレキベースやエレキギターには、本体にボリュームノブ(ボリュームポット)があります。弾くときは100%(フル)にしがちですが、80%程度で弾くことも広く知られた手法です。

ボリュームポットの位置で音色が変わる

ここで、とても大切なお話を。

初心者の頃に浮かぶ疑問の一つに、「ボリュームポットを下げてゲインを上げるのと、ボリュームポットを上げてゲインを下げるのって、結局同じでは?」というものがあります。……その気持ち、よく分かります。

でも、事実は、そうではありません。

エレキベースやエレキギターでは、ボリュームポットの位置によって音色そのものが変わります。ポットの回路がピックアップからの信号に対してインピーダンスの負荷として作用し、高域の減衰量が変化するため(厳密には、ポットの抵抗値とケーブルの静電容量がローパスフィルターとして機能します)。

ボリュームを絞ると高域がわずかに丸くなり、フルにすると明るくなる。この変化を意図的に活用することは、エレキ楽器の基本的なテクニックの一つです。

プリアンプ側のゲイン位置でも音色は変わる

同様に、オーディオインターフェース内蔵のプリアンプも、ゲイン位置によって音色が変わります。ゲインが高い状態ではプリアンプの回路がより「働いている」状態になり、低い状態とは異なるキャラクターが出ます。

つまり、ボリュームポットの位置 × プリアンプのゲイン位置 = 音色の組み合わせです。

「ボリュームポット大きめ × ゲイン小さめ」と「ボリュームポット小さめ × ゲイン大きめ」。最終的な録音レベルが同じだとしても、音色はまったく違います。この組み合わせを探ることが、宅録での音色設計の入口になります。


変数3:奏法の強弱

3つ目の変数は、あなたの弾き方そのもの。

強く弾く = 正義、ではない

「ベースはしっかり弾かなきゃダメ」という考え方があります。一面では確かに正しくて。でも、全てのシチュエーションに当てはまるわけではありません。

強く弾くことのメリット: アタックが明確になり、音の立ち上がりに存在感が出る。ダイナミクスの幅が広がり、演奏表現としての説得力が増す。

ソフトに弾くことのメリット: 丸く温かい音色が得られる。音の立ち上がりが穏やかになり、ジャンルやシチュエーションによっては「このセッティングで穏やかに弾いた感じ」がとても似合う場面がある。


3変数の組み合わせ ― 実践パターン

ここからが本題です。この3つの変数を組み合わせると、どんな音色の選択肢が生まれるのか。いくつかのパターンを、一緒に眺めてみます。

パターンA:ソフトに弾く × ゲイン高め × ボリュームポット100%

増幅を多めにして、ソフトなタッチで弾く。ゲインが高いのでプリアンプがしっかり働き、信号レベルも確保できる。演奏がソフトなのでレベルオーバーのリスクも低い。丸く温かい、張りのある音色が得られます。

パターンB:強く弾く × ゲイン低め × ボリュームポット100%

入力ゲインを絞った状態で、思い切り弾く。プリアンプの増幅が控えめなので、強く弾いてもレベルオーバーしにくい。アタックが鋭く、バキバキとした質感の音色が得られます。歪みを恐れずに、演奏のエネルギーをそのまま収録できる。

パターンC:強く弾く × ゲイン低め × ボリュームポット80%

パターンBから、さらにベース本体のボリュームを少し下げる。レベルに余裕が生まれるので、さらに思い切り弾ける。ボリュームポットを絞ったことで高域がわずかに丸くなり、パターンBとは微妙に異なるテクスチャになる。

パターンD:強く弾く × ゲイン高め × ボリュームポット100%

あえてレベルオーバーを辞さずに、ゲインも演奏も全力。歪みが発生する可能性は高いけれど、その歪みが音楽的に有用だと判断すれば、これも一つの音色設計。飽和した太い音、荒々しいテクスチャが欲しいときに。ただし、オーディオインターフェースの品質によって歪みの質は大きく異なるため、実際に試して、耳で判断することが欠かせません。


「歪みを恐れて演奏を犠牲にしない」

ここで、いちばん大切なことをお伝えしておきます。

歪みを恐れるあまり、控えめな演奏になってしまうケースがあります。レベルオーバーを避けようとして、弾き方が縮こまる。その結果、エレキベースから得られる音色が、本来その曲で必要としていたサウンドではなくなってしまう。……心当たり、ありませんか。

レベル管理のために、音楽的な演奏パフォーマンスを犠牲にしない。

もし思い切り弾く必要があるなら、入力ゲインを下げるか、ベースのボリュームを下げるか、あるいはその両方で対応すれば大丈夫。演奏の強さは変えずに、機材側で信号レベルを調整する。この発想の転換が、宅録のレベル管理における最も大切なポイントです。


入力ゲインを下げすぎることのリスク

ただし、逆の注意点もあります。

ハイエンドや名機のプリアンプでは、入力ゲインが低くても音楽的に張りのある豊かなサウンドが録れることが多いです。回路設計そのものが優れているため、増幅量が少なくても信号の質が保たれます。

一方、オーディオインターフェース内蔵のプリアンプの場合、ゲインを下げすぎると問題が出ることがあります。 信号レベルに対してノイズフロアが相対的に大きくなり、S/N比が悪化する。プリアンプの動作点が低すぎて、音に張りや豊かさが出にくくなる。

つまり、「歪みを避けるためにとにかくゲインを下げる」というのも、最適解とは言えません。


結局、総合的に判断する

ここまで見てきたように、宅録のレベル管理は「適正レベルに設定して終わり」ではありません。

入力ゲインの高低 × ボリュームポットの位置 × 奏法の強弱。 この3変数の組み合わせは無数にあって、それぞれが異なる音色を生み出します。

そして、どの組み合わせが「正解」かは、ジャンル、曲調、求めるサウンド、オーディオインターフェースの品質、そしてあなたの音楽的な判断によって変わります。

大切なのは、これらの選択肢が存在することを知った上で、実際に試して、耳で判断すること。パターンAとパターンBを録り比べて、どちらが今の曲に合うか。ボリュームポットを80%にしたときと100%のときで、何が違うか。

この「試行錯誤」こそが、宅録の音色設計です。


低音域のモニター環境との関係

最後に、この話と「低音域の捉え方シリーズ」との接点にも触れておきます。

エレキベースの音色判断では、歪み感や倍音成分の違いが大きなウェイトを占めるため、ヘッドフォンやサブウーファーのない環境でも、ある程度の判断はできます。

ただ、20Hz〜100Hzの帯域での太さの質感、低域の張り、リリースの伸び方 ― こういったディテールを正確に聴き分けるには、やはり低域が正しく再生される環境が必要です。特にパターンAとパターンBの低域のテクスチャの違いは、小さなスピーカーでは聴き取りにくいことがあります。

3変数の組み合わせによる音色の違いを、全帯域にわたって正確に聴き分けられる環境があれば、宅録の音色設計の精度は格段に上がります。聴こえていない音は、選べませんから。


まとめ ― 今日から試すこと

  1. いつもの設定で1テイク録る。 まず、現状の基準を記録する。
  2. ゲインだけ変えて、もう1テイク。 弾き方は同じまま、ゲインを上げる/下げる。音色がどう変わるか聴き比べる。
  3. ボリュームポットを80%にして、もう1テイク。 100%との音色の違いに気づく。
  4. 弾き方を変えて、もう1テイク。 思い切り弾くパターンと、ソフトに弾くパターン。同じゲイン設定で、音色がどれだけ変わるか。
  5. 録り比べた音を、複数の環境で聴き比べる。 モニタースピーカー、ヘッドフォン、カーステレオ。環境によって聴こえ方が違うことにも、きっと気づけるはず。

レベル管理は、音色設計です。「適正レベル」の向こう側に、あなたのサウンドを決める豊かな選択肢が広がっています。今夜の1テイク目から、さっそく一緒に試してみませんか。


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