このシリーズについて

リズムには、「揃っている気持ちよさ」以外にも、たくさんの色彩があります。日本の教育では「ぴったり合わせること」が美徳として育まれてきました。でもそれは、数ある気持ちよさのうちの、ひとつの色。アロマオイルを調合するように、カラーコーディネートを楽しむように、リズムの要素をひとつずつ知って使い分けられるようになると、あなたの音楽のパレットは大きく華やかに広がっていきます。このシリーズでは毎回、具体的な実例から、その扉を一緒に開いていきます。

(詳しくは 第1回:リズムの絵の具を増やそう をどうぞ)


今回のテーマ ― 「位置」という魔法

今回取り上げるのは、とてもシンプルな話です。

同じテンポ、同じリズムパターンのまま、スネアの打点をほんの少しだけ前後に動かす。

たった、それだけ。それだけで、音楽の表情がまるで変わってしまいます。

「そんな小さなことで、ほんとうに?」…と思いますよね。打ち込んだビートがなんだか硬い気がして、音色やベロシティをいくら触っても正体がつかめない——そんな経験のある方にこそ、今回のお話はきっと響くはず。実演して見せてくれるのは、ファンクの歴史を作った二人のミュージシャンです。


ポール・ジャクソンとマイク・クラーク ― Headhuntersのリズムセクション

ベーシストのポール・ジャクソンと、ドラマーのマイク・クラーク。二人はハービー・ハンコックのHeadhuntersのメンバーとして、1970年代のファンク/ジャズ・ファンクの礎を築いたリズムセクションです。

彼らの演奏解説動画("Paul Jackson. Rhythm Combination. Part 2. Feat. Mike Clark.")では、タイム・フィールを変化させることで、同じテンポのままグルーヴを意図的に作り分けていく方法が、とても明快に示されています。

順を追って、一緒に見ていきませんか。


ステップ1:まず「ジャスト」を聴く

最初に二人が見せてくれるのは、あえてグルーヴをさせない、メトロノーム通りの正確なリズムです。

音符が所定の位置にきっちり並んでいる状態。ストレートで、整然としている。でも、そこには「うねり」や「遊び」がほとんどありません。

これがいわば「白いキャンバス」です。ここに何を描くか…それが次のステップから始まります。

ここでひとつ、大事なことを。このジャストな状態は、決して「つまらない」ものではありません。これはこれで、ひとつの表現です。ただ、ここから何が起きるのかを体感するために、まずこの基準点を耳に入れておきたいんですね。


ステップ2:バックビートを「後ろに溜める」

同じテンポ、同じパターンのまま、マイク・クラークが2拍目・4拍目のスネア(バックビート)の位置を、ほんのわずかに後ろへずらします。

テンポが遅くなったわけではありません。もたついているわけでもなくて。

でも、聴いた瞬間にわかります。リズムの「空間」がふわっと広がったような感覚。呼吸が深くなったような感覚。同じ部屋にいるのに、天井が少し高くなったかのような——そんな印象の変化が生まれます。

ポール・ジャクソン自身の言葉を借りれば、これは「グルーヴを広く、大きくする」ための手法です。

DAWで試すなら

打ち込みで体験するなら、まずスネアをジャストの位置に置いてループを鳴らして、そこからスネアのノートを10〜30ティックほど後ろにずらしてみてください。数値はあくまで目安です。テンポやジャンルによって「ちょうどいい場所」は変わります。大切なのは数値ではなく、「空間の広がり」を耳で感じ取ること。何度も微調整しながら、自分の耳が「ここだ」と感じるポイントを探してみてください。


ステップ3:ベースを「前に突っ込む」

次にポール・ジャクソンが見せてくれるのは、ドラムが後ろに溜めたリズムの上で、ベースが少し前——拍の手前を攻めるように弾く手法です。

ドラムが「引いている」のに対して、ベースは「押している」。この押し引きの間に、テンション(緊張感)が生まれます。曲に推進力やドライブ感が加わって、リズムが前へ前へと進んでいく——そんな感覚が立ち上がってきます。

ステップ2の「溜め」が呼吸を深くする効果だとすれば、この「突っ込み」は心拍を上げる効果、と言えるかもしれません。

DAWで試すなら

ステップ2でスネアを後ろにずらした状態のまま、今度はベースのノートを5〜15ティックほど前にずらしてみてください。ベースとドラムの間に「引っ張り合い」の感覚が生まれてくるはず。二つの楽器がジャストで揃っていたときとは、まったく違う「ドライブ感」を感じ取れると思います。


ステップ4:プッシュとプルの複合 ― シンコペーションの発生

ここからが、さらに面白いところです。

「ジャスト」「後ろに溜める」「前に突っ込む」。この三つの要素を、二人は一曲の中で自在に組み合わせ始めます。

テンポは変わっていないのに、リズムが呼吸するかのように膨らんだり、引き締まったり。一定に刻んでいるはずのリズムの中に独特のシンコペーションが自然と生まれて、グルーヴがどんどん発展していくのがわかります。

ここで起きているのは、単なる「ズレ」ではありません。二人が互いの位置関係を感じ合いながら、リアルタイムで「空間のデザイン」をしている。テンポという枠組みの中で音の配置を微妙に動かし続けて、リズムに生命を吹き込んでいく。そんなことが、目の前で起きています。


ステップ5:70年代以降の発展 ― 対話するリズム

さらに発展した形として、二人は「互いのスペースを読み合う」演奏を見せてくれます。

ドラムだけがバックビートを担うのではなく、ベースもフィルインを入れて、互いがソロのように対話しながら、一体となった一つの大きなリズムを生み出していく。2拍目・4拍目というバックビートの定位置に縛られず、好きな場所にアクセントを自由に配置していく。

ここまで来ると、スネアもハイハットもベースラインも、すべてが「常にソロを演奏しているような」状態…創造的なインプロビゼーションの世界に入っていきます。

ただしこれは、基礎となるステップ1〜4の積み重ねがあってこそ。「ジャスト」を知り、「溜め」を知り、「突っ込み」を知り、その組み合わせを体感した上で、初めてたどり着ける世界なんですね。


「正確に叩くこと」の先にあるもの

彼らの演奏から伝わってくるのは、グルーヴとは「正確な位置で叩くこと」ではなく、拍の中で意図的に位置を選び、楽器同士の間にテンションや広がりを作ることなんだ、ということです。

これは、第1回でお話しした「リズムの絵の具」の、具体的なひとつの例です。

「ジャスト」はひとつの色。「溜め」はもうひとつの色。「突っ込み」はさらにもうひとつ。そして、その混ぜ方は無限にあります。

ポール・ジャクソンとマイク・クラークは、ほんの数分の実演で、そのことを鮮やかに見せてくれました。


まとめ ― 今日からできること

  1. まずジャストで打ち込んでみる ― 基準点を作る
  2. スネアだけを少し後ろにずらしてみる ― 空間の広がりを感じる
  3. ベースを少し前にずらしてみる ― テンションとドライブ感を感じる
  4. 両方を組み合わせて、自分の耳で「ここだ」というポイントを探す
  5. 他の楽器でも同じことを試してみる ― パッドやギターでも効果がある

数値に、正解はありません。テンポやジャンル、そしてあなたがその曲で表現したいことによって、「ちょうどいい場所」は毎回変わります。大切なのは「ズラすこと」ではなく、「位置を選ぶこと」。意図を持って、音の居場所を決めていくことです。

まずは今日、いつものループのスネアを、そっと後ろに動かしてみませんか。

次回(第3回)は、ストレートとスウィングの「間」にある無限のグラデーション——J Dillaが切り拓いた世界のお話です。


参考動画・文献:
- Paul Jackson. Rhythm Combination. Part 2. Feat. Mike Clark. — https://www.youtube.com/watch?v=RPf2jWNhIEI


AtoZ Sound Journal は、音楽制作の現場に長年身を置いてきた私たちが、そこで出会った人間ドラマや、音楽の歴史が残してくれた物語を、生の言葉のままお届けする読み物サイトです。
AtoZ Studio / AtoZ DTM School(高田馬場・荻窪・芦花公園)