はじめに ― あなたのリズムの「絵の具」は何色?

音楽を作る人も、聴く人も、「気持ちいいリズム」という感覚を持っています。でも、その「気持ちよさ」が何でできているか、意識して考えたこと…ありますか?

絵を描くとき、赤と青と黄色の3色だけでも絵は描けます。でも、そこに、もしエメラルドグリーン、バーントシェンナ、ラベンダーが加わったら? 表現できる世界のパレットは一気に華やかに広がりを持ちます。

リズムにも、まったく同じことが起きています。


「揃っている=気持ちいい」は、ほんとう?

日本で音楽を学んできた方なら、「リズムの縦を揃える」「タイトでキレのあるリズム」という言葉に、きっと馴染みがありますよね。合っているか、合っていないか。揃っているか、揃っていないか。そして「合っている」ほうが気持ちいい——そんな感覚をお持ちの方は、きっと多いと思います。

これ、実は音楽だけの話ではなくて。

幼稚園では「いちにのさん、はい!」の掛け声で、みんなとぴったり合わせることを繰り返し経験します。小学校に入れば、時間通りに、タイミング通りに、きっちり行動できることが褒められ、美徳とされる。運動会のダンスも、全員がぴったり揃っているほど「きれいだね」と言ってもらえる。

つまり私たちは、物心がつく前から「揃っていること=美しいこと」という価値観の中で、優しく育てられてきたんですね。

だから「揃っているリズムが気持ちいい」と感じるのは、とても自然なこと。そしてそれは、決して悪いことではありません。日本の音楽が持つ精緻さ、繊細さ、完成度の高さ——その美しさの根底には、この感覚がちゃんと息づいています。


でも、世界にはもっとたくさんの「気持ちよさ」がある

ここで少しだけ、一緒に視野を広げてみませんか。

私たちの多くは、日本由来の音楽だけでなく、海外の音楽も日常的に楽しんでいます。ヒップホップ、R&B、ジャズ、ファンク、レゲエ、ラテン、EDM。街で流れるBGM、映画やドラマの劇伴、CMの音楽。日本のポップスにも、実はこうした海外の音楽のエッセンスが、たくさん溶け込んでいます。

海外旅行に行けば、その土地の料理を食べて「おいしい」と感じますよね。それと同じように、私たちは異なるリズムの味わいを、すでにちゃんと楽しんでいます。

ただ、その「味わいの違い」がいったい何なのか。そこまでしっかり意識したことがある人は、実はそれほど多くありません。

これは、日本人がリズムを苦手だという話では、まったくありません。ただ単に、意識する機会があまりなかっただけ。それだけのことです。


アロマの調合のように、カラーコーディネートのように

ここで、小さなご提案をひとつ。

アロマオイルの特性をひとつずつ知っていくと、目的や気分に合わせて、自由自在に調合できるようになります。色への理解と意識があれば、カラーコーディネートの幅は格段に広がります。

リズムも、同じです。

「揃っている」だけではない、リズムが持っているいろいろな要素——タメ、突っ込み、ハネ具合のグラデーション、アクセントの位置、音と音の間にある微妙な「空間」の違い。これらをひとつずつ知っていくたびに、使えるリズムの絵の具が増えていきます。あなたのパレットが、少しずつ、確実に広がっていきます。

もともと持っている「揃える美しさ」はそのままに、その上へ、新しい色彩を重ねていける。……これができたら、どれだけ面白いだろう、と思いませんか。


作る人にも、聴く人にも

この話は、音楽を作る人だけのものではありません。

リズムのいろいろな要素を意識できるようになると、音楽の聴き方そのものが変わっていきます。今まで「なんとなく気持ちいい」と感じていた曲の中に、「ここがこうなっているから気持ちいいんだ」という発見が生まれる。感覚の扉が、ひとつ、またひとつと開いていくような体験です。

作る人は、リズムの色彩を意図して設計できるようになる。
聴く人は、より豊かな感覚で音楽を受け取れるようになる。

このシリーズでは、そのための具体的な入口を、実例と一緒に、ひとつずつご案内していきます。


大切な前提 ― 「ズレている=良い」ではありません

ここでひとつだけ、とても大切なことを。

これは、「リズムがズレていると面白い」という単純な話ではありません。

ズレているか、いないか。そのどちらかが良い・悪いという、二項対立の話でもありません。リズムがジャストであること。意図してほんの少し後ろにあること。わずかに前にあること。そのそれぞれが、少しずつ違う感覚を生み出していきます。

そしてその感覚は、テンポ、パターン、楽器の音色、ジャンル、さらにはその瞬間の文脈によって、まったく意味合いを変えていきます。

だからこそ、具体的な実例をたくさん体験しながら、自分の耳と身体で感じ取っていくことが、いちばんの近道になります。頭だけで理解しようとするのではなく、「あ、こういうことか」という小さな実感を、ひとつずつ重ねていく。……その積み重ねが、いつのまにか、あなたの感覚を育てていきます。


このシリーズでお届けすること

本シリーズ「リズムの絵の具を増やそう」では、毎回違う切り口から、グルーヴの世界を一緒に探検していきます。

第2回は、ファンクの伝説的バンド・Headhuntersのポール・ジャクソン(ベース)とマイク・クラーク(ドラム)による実演から。「スネアの位置を前後に動かすだけで、同じリズムがまったく違う表情を見せてくれる」——そんな体験をお届けします。

第3回は、J Dillaという一人のビートメーカーが生み出した、「ストレートでもスウィングでもない、その間のグレーゾーン」のお話。

第4回は、ジェームス・ブラウンの「The One」。全員が1拍目に命を懸けて着地するからこそ、そこから自由が生まれる——という、ちょっと逆説的なお話です。

第5回は、テクノロジーが人間のグルーヴをどうアップデートしたか。D'AngeloとQuestloveの『Voodoo』制作秘話から、一緒に紐解いていきます。

第6回は、ドラムやベースだけでなく、キーボード、メロディ、コード進行にまで、グルーヴの考え方を広げていきます。

さあ、リズムの絵の具箱を、そっと開けてみましょう。あなたのパレットに、まだ見ぬ色を加えていく旅の始まりです。


AtoZ Sound Journal は、音楽制作の現場に長年身を置いてきた私たちが、そこで出会った人間ドラマや、音楽の歴史が残してくれた物語を、生の言葉のままお届けする読み物サイトです。
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